「昭和二十年夏、僕は兵士だった (角川文庫)」の読後感想(2016年3月)

よう、空石!
春めいてきたで、首都圏も

表題の件。借りてすぐに電車の中で読み始めて今日読み終わった。考えさせられ
る本であり有意義であった。多謝。

最も印象的だったのは、やはり、どの戦争従軍者も、その後はずっと死者と同居
する人生を送っているということやな。これは痛烈な事実や。忘れられるはずな
いよな。「青春=戦争」なのやから。生死はコインの裏表であり、それは極めて
仏教的な認識なのだが、「死者に引っ張られる」人生というのは重た過ぎる。そ
れもまた天命なのかも知れんが、それがランダムに発生せず体系的に不幸を量産
するという点だけにでも、戦争の悲惨さがある。

それと、重たいテーマとして見えるのは、一兵士に課される戦争責任と、戦後の
日本がいかに彼らの犠牲を丸ごと忘却してきたかということ。そして3つ目に、
えぐい現実や生死の境を彷徨した体験ですら、皆さん淡々と語っている姿が目に
焼き付く。どんな状態でも、肚が決まれば粛々と応じる人間のしんとした凄みの
ようなものがあった。死者を淡々と語る。だが、死者から離れられない人生。

各人で言えば、俳人金子のトラック島の修羅場と人間模様の様子は凄かった。戦
争に望みを託す貧乏人という現実は、中世欧州の十字軍に参加した連中の心理を思い
出す。戦場での餓死と句会は、まさに戦国時代にたてる茶やな。金子の話で最も
印象的だったのは、戦後に戦友たちが取り付かれたような死に方をするという下
り。戦争に「見染められた」とでも言うのか。演出過多で脚本に一貫性がないの
だが、Savage、DeNiro、Walkenの鬼気迫る演技で見せる「Deer Hunter」って映画が
あったが、あの最後の方を思い出してぶるった。

朝はじまる海へ突込むかもめの死。この句にもぶるった。凄いな戦中派。

そして考古学の大塚翁の話では、何と言ってもその静かな「そう。わたしは人を
殺したんです。」が強烈な余韻を残すな。戦後もずっとそれを抱えてしかも毎年
思い出す人生とはどのようなものか。駿河台に海軍気象部かあったそうだが、俺
の今のオフィスの1つはそこにある。故に、東京大空襲の地獄絵図の活写された
様子をあの坂の多い場所に映り込ませて想像すると形容のできぬ気持になった。
それを肌で感じたのやもんな、彼らは。絶するわ、想像を。

船が撃沈したときに、「泳いだ者が死んだ」というのが深かった。無謀で計画性
のない楽観主義は、米国と開戦した我が国とも重なる。韓国人に助けてもらった
という下りも印象的であった。あれを美談にするのは占領している側の傲慢だ
が、二度もその恩人を探したと言う大塚翁の行動は嘘ではない。そして登呂遺
跡。小学生の修学旅行で行った記憶しかないが、ここまで戦後日本を勇気づけて
いたとは知らんかった。背筋が伸びるな、こういう学者は。

三國はとにかく反骨オヤジが渋い。渋すぎる。これに尽きる。親分肌の被差別部
落出身者で暴力も存分に振るったが、息子に確かな愛情を刻んだ事実に感動し
た。そして俺も親としての立場から、子をかばうも嘘をつく母にこそ嫌悪感を
持ったという三國の言葉にはっとさせられた。労働運動で負われた男を匿って翌
朝に峠まで見送る反骨オヤジの図は鮮烈な印象を息子に残したのやな。このかっ
こよさが、三國に受け継がれ、息子の佐藤に継がれたのか。鮮やかで理想のオヤ
ジ像かもしれん。が、三國はその後プレイボーイとして鳴らすので、反骨オヤジ
さんと少し異なるのも確かだが。

その反骨オヤジが「戦争で理不尽な差別を乗り越える」と考えた下りは、日系米
国人の442部隊を思い出させる。彼らも、「子供と孫の世代が誇りに思えるよう
に」と自らが他山の石になったからな。この部隊がユダヤ人強制収容所のダッハ
ウを解放したと教えてくれたのはWyomingで世話になった歴史学者のSteven
Thulinであった。

妖怪水木の狂人ぷりはもうただただ圧倒的やな。悪運の強さは凄い。俺も脱帽す
るわ。もちろん食い入るように読んだが、彼のエピソードは他所でも多く語られ
ているので、そこまで特筆すべきものはなかったか。愉快な生命讃歌は爆発であ
る。それよりも、「聖将」は凄いな。戦後に部下を負って劣悪な捕虜収容所に向
かい、三畳の小屋にて悔恨の日々を過ごすというのは、決して合理的ではない
が、できた帝国軍人の一つの姿なのかね。

最後の池田翁の記録は圧倒的やな。それが仕事であったというのがよく分かるあ
の精確さ。かつての戦地が変貌するしないという陸海の差は考えたことがなかっ
たので虚を突かれた思い。戦地で若い彼が「成長」していく記録はほんとに泣け
る。戦友との交流の下りも胸に来るな。巨視的な点から見た「あの戦争」ではな
く、「日々の暮らし」としての「この戦地」で紡がれる生活臭は読んでて泣けた
わ。「死に場所」という語の重さよ。

これは上述した戦争責任にも関係するが、特に池田翁が強調していた、戦後日本
の無責任と死者への愚弄という点は極めて正論やろうな。「過去の戦争の反省」
と言っておきながら「歴史に蓋」のみならず「兵士たちの人生にも蓋」をして経
済一辺倒で来たからこその繁栄。その反動が、変なネトウヨを産むのや。

それにしても、「週刊ポスト」で矢矧ちゃんを翁に見せるって、なんの罰ゲーム
かと思うたで…。(http://www.news-postseven.com/archives/20140117_236730.html)

平和な日本、なのかね。

以上、良き本への感想でした。