大須にて出会った神々(2015年11月・名古屋市・七寺など)

ある意味で、仏教ブームはちまたで定着した感がある。
テレビでも趣旨には首をかしげるが、お坊さんが主役の『ぶっちゃけ寺』なる番組もある。最近、友人から本をプレゼントしてもらった。
 
「絶対、好きな本だと思ったので」
 
これは、ありがたい。だが、手に取って、少しがっかり。
タイトルは、仏像マニアでも名をはせる、みうらじゅん監修の『東海美仏散歩』である。しっかりした本である。観光っ気がないため、注目されていなかった東海の寺に光をあて、美しい写真とみうらの味のある文章で、クオリティーの高いガイドブックになっている。じゃあ、なぜがっかりなのかって? そんなものは、当然購入済だからである。
ただご厚意には感謝する。丁重に礼を言い、機会があれば「おぬしも廻ってくれ」とお返しした。それぐらい、普通の人間にも仏や寺が意識にのぼる時代になったのだ。
これに、『見仏記』などを著わしたみうらの功績ゾ。いやはや恐れ入る。せっかくなので、そこにあるお寺を訪れてみた。場所は今やオタク文化の発信地となっている名古屋市内の大須である。大通りに面して、七寺はある。
 

 
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 あいにく、住職は仕事のため、不在で奥様とおぼしき方が案内をしてくれた。小さな本堂には、不釣り合いなぐらいに立派な菩薩様が2体おられる。本にもあった通り、〝美仏〟である(初めてこの言葉を使ってしまった)。金箔がかすかに残り、優美な感じは、京や奈良の仏師の仕事だろうか。フォルムもバランスが取れて、非の打ち所もない。傑作ではないが、間違いなく秀作で、仏像を初めて見る人も満足の仏様であろう。しかも、そんな美仏を目と鼻の先で拝めるのが、このお寺のすばらしいところだ。さらに…。奥様は、懐中電灯を差し出してくれた。
 
「少し暗いので、照らしてくれてもいいですよ」
 
ご親切には痛み入るが、仏様を照らすのは気が引けるので、ご辞退させていただいた。いつまで見ていても飽きがこない。関西にあれば、満員御礼であろう。大須にありながら、私一人がこの空間を独占している。
 
「あの本を見たって方も来られますよ」
 
奥様が指さした先には、『東海美仏散歩』があった。一瞬、脂汗が…。私はみうらと同時期ぐらいには、仏像に目覚め、いまはお寺や仏教の方面に、気持ちは移行しており、そんなミーハーとは一緒にしないでいただきたい。激しく思ったが、大人げないので、弁解するのはやめにした。みうらよ、わしに恥をかかせやがって…。
 
敏感な仏像マニアは、この2仏を見て、違和感も覚えるはずだ。そう、なぜこの2体が本尊になっているのか。普通は中心に1体だが…。それは残されている古ぼけた写真を見れば、わかる。もっと大きな本尊があったのだ。つまり、この2体は脇侍。巨大な阿弥陀如来さんがおわした。
 
昭和20年3月19日、太平洋戦争の戦火がこの寺にも及び、当時の国宝でった本堂などとともに、全焼。運び出されたのが、この2体の仏さんというのだ。写真を見ると、この寺がいかに大きなものだったかがわかる。三尊像が本堂に安置され、大須名物の三重塔もあったという。寺領は、当時と比べるべくもない。目抜き通りにはあるが、ビルに囲まれて、ひっそり建っているという感じである。だが、それゆえに、戦火をくぐり抜けてきた2仏は、歴史資料としても価値ある。本当に来た甲斐があった。ありがとう、みうらよ!
 
帰り際に、2像の脇のふすまの向こうに目をやると、ドキッとした。小さな祠の奥に、白いキツネさんが2対、向かい合って備えられている。もしや…。そう、厨子の向こうにはあの泣く子も黙るあのお方がおられるのだ。
 
「今は閉じられていますけど、住職が毎日お祀りされていますよ」
 
奥さんが話されたそのご本尊こそ、荼枳尼天(ダキニテン)という恐ろしい神様なのだ。言ってみれば、有名なお稲荷様である。だが、この神様は日本古来の神様ではない。ヒンドゥー教由来で、夜叉の女性版とされる。仏教では、心臓を喰いあさる鬼のたぐいだったが、大黒天に変化した仏様に諭され、仏教の神様に加えられた。そのときに、「心臓を食べてもいいけど、それは死者のものだけにしなさい」と言われたのだという。仏様のギリギリの譲歩であった。そこで荼枳尼さまも納得。だが、好物はいただく。そのため、死期が迫っている人間をかぎ分けられるという。6カ月前に察知して、その人間を守護するのだという。だが…。もちろん、その人間が死ぬと、その心臓が差し出されるのだという。
 
ウィキペディアの受け売りだが、キツネとの関係は、キツネが古来は、死体を食べるとされており、そのため、荼枳尼天の乗り物がキツネになっている。そして、荼枳尼天は以前に触れたかもしれないが、後醍醐天皇など、ときの権力者が信仰していたことでも知られる。それだけに、効力は絶大で、途中で信仰をおろそかにすると、多大なるたたりがもたらされるともされる。聖天さんと似ているところがある。
 
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私もしっかりと、お稲荷様にも手を合わせてきた。ちなみに、みなさんは「そんな神様もおるんやね」と他人事のように、思っているかもしれないが、おそらくこの神様はおぬしのことを知っているかもしれない。ある有名な寺院の帰り道で、こっそり見ているのだ。京都の世界遺産といえば…。そう、金閣寺である。金箔にばかり目を奪われていて、気付かなかったはず。でも不動堂というお堂の隣に小さな祠がある。そこに荼枳尼天が鎮座しているのだ。今度、お参りの際には、手を合わされることを勧める。秋が深まると、陽が落ちるのが早くなる。七寺を北上する。大須観音はいつでもオープンで、ひっきりなしに人が訪れている。日本人だけでなく、いやひょっとすると、アジア人観光客の方が多いのかもしれない。古着屋やら、質屋など、ど派手な商店街を抜け、少し人通りが少ないところに大光院がある。
 
ここを知ったのは、ある映画を観てからだ。『のぼうの城』という。のぼうとは、石田三成の水攻めから忍城を守った戦国武将の成田長親のこと。映画のヒットを祈願して、のぼう役の野村萬斎らが、墓所のある当寺院を参拝したという。まあ、そんなことが頭にあり、足を運んでみた。少し時間が遅いが、開いているかな…。杞憂でござった。コンビニ同様、遅くまでオープンしている。お賽銭を納めるのは、いつでもよいということだ。賽銭箱に、わずかばかりのお金をしのばせた。提灯には明王殿との文字がある。
 
明王? はてと考えると、それは烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)のことであった。聞き慣れない神様であろうが、ある世界では有名な神様である。というのも、トイレの神様だからである。烏枢沙摩明王は、世の中の一切の不浄なものを食べ尽くしてくれる神様だという。それでトイレというわけ。禅宗のお寺のトイレでは、この神様が祀られている。私も曹洞宗の大本山総持寺のドデカいトイレ(東司という)でお会いしましたから。僧侶は東司(とうす)を使うときは、この神様にお祈りを捧げる。しかも、道元さんという人は、事細かにトイレの作法を説いた。手は何度洗うとか。仏道修行の基本の基本とされたという。
なぜ、そんなトイレの神様がこの地にあるのは、ある意味合いがあるようだ。女性の神様ともされ、下の病気にも効果があるという。大須は、昔遊郭があったところ。そのため、多くの遊女もこのお寺にお願いをしに来たのでしょう。それで夜遅くでも開けている。ん、これも聖天さんと同じやんか。
 
余談ですが、植村花梨という歌手が「トイレの神様」という曲をつくり、紅白歌合戦に出るほどに大ヒットした。歌詞では、ざっくりいうと、おばあちゃんが、トイレの神様を大事にすると、べっぴんになれると話してくれた、と歌っておる。女性の守り神でもあり、それが烏枢沙摩? だが、歌詞では女神さんとなっている。これは間違い!? でも、そうでなさそうなのです。烏枢沙摩は仏教の神様ですが、神道でもトイレの神様がいるのだそうです。その名は、弥都波能売神(みづはのみのかみ)。あのイザナミから誕生したのですが、それが糞尿から誕生したというのです。だから、トイレの神様。もちろん女神様。おばあちゃんは、この神様のことを言っていたんですな。それにしても、神道は、糞尿からも神様を創造してしまうとは、日本の神話ってほんとスゴイ!
 
七寺
 名古屋市中区大須2-28-5
 地下鉄・大須観音から徒歩3分
   電話052-231-1715
 
大光院
 名古屋市中区大須2-7-25
  地下鉄・大須観音から徒歩3分
  電話052-231-5413
 

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