法永寺④~謎のネパール人~

先のコラムで紹介した通り、大垣は『奥の細道』の結びの地として有名じゃ。
そこはお堀が満々と水をたたえ、癒やされるところじゃ。

川沿いに道を歩いておると、木々からなにやら実をもぎ取る2人を見つけたわい。

「それは食べれるのかのう?」

「ネパールでは食べてました」

おう、ネパールから来られたのかのう。
わし(釈迦如来)の出生地ともいわれるところじゃのう。

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かじると、苦みの中にほんのり故郷のあじがするかのう。

道にもほれ。こんなに落ちておる。

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ところで、ネパールの青年たちはどのようなかたなんじゃろか?
歩いていると、そのヒントがあったわい。

pic 09 houeiji09 nepal

最後に、法永寺にお寄りの際は一度電話をしてくれるかのう。
 0584・92・1561

津観音正面からアーケードに入り、一つ目の角に粋なところがある。

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いうまでもなかろう。
基本的には火曜から土曜まで16時までやっておる。
入れば、津の町の歴史が写真も頼りにわかるようになっている。
地元の世話人のかたの思い出話ととも聞くのは、実に味わい深い。

わしは、かの築城名人・藤堂高虎が築いた津城の昔の地図が興味深かった。
あれをみれば、当時の津城が威容を誇っていたかがわかる。

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あと戦争で焼けた津観音などの写真もしかと見るべしぞ。
今の太平の世も、あの時代を経てこそなのじゃ。
東日本大震災とて同じことぞ。

復興のときをわしも想っておるのじゃ。

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