「破戒」を「破壊」

仏教界のターニングポイントとしては決まって鎌倉新仏教の時代が上がる。
死ねば阿弥陀さんが救ってくれるという他力本願の浄土宗や浄土真宗、
臨済宗や曹洞宗といった禅宗など、こんにちに続く宗派が続々出ている。

ただこんにちの研究では、そんな時代でも仏教界の主流はいわゆる旧仏教であったといわれている。
なかでも大きな勢力を持っていたとされるのが、叡尊(1201-90)が開いた真言律宗。
旧仏教という位置付けで割を食っているが、
非人や女性の救済を手がけるなど、革新的な取り組みを行っていた。
新仏教より新仏教的といえよう。

しかもそれが大きくテーマの「戒」に関係している。
真言律宗の叡尊については、あらかた松尾剛次「救済の思想」から引かせていただくのをお許しあれ。

そもそも叡尊は醍醐寺などで学ぶ密教僧だった。
彼は修行に打ち込んでいたが、周りを見渡せば
妻をもらい子をもうけたり、肉を食べたり、私腹をこやす僧であふれていた。
まじめな叡尊は、寺に「戒」を授けてくれる「戒師がいない」ことに絶望する。
そこで、志を共にする仲間と1236年に東大寺で自らが誓う「自誓受戒」を行った。
人間に誓うのではなく、お釈迦様に「持戒」を誓うぞ!
(すごいアイデアである)
また当時の既成仏教は、らい病は前世の報いという考えがあり、
非人救済には積極的でなかった。
積極的に取り組んだのが、真言律宗だった。
弟子の忍性らが奈良に北山十八間戸といった非人宿を整備したことは知られる。
女人にもどしどし授戒し、奈良・法華寺に尼戒壇も設立した。
真言律宗は、旧仏教に失望していた民衆を取り込み、
朝廷も認めざるを得なくなる。西日本の国分寺などに勢力を広げていく。
鎌倉新仏教と称される時代は、実は真言律宗が力を持っていたのである。

前後するが、真言律宗は非人救済を行い、葬式というものも組織化した。
当時、「死」は僧侶にとって穢れであった。
ここで「戒」が出てくる。

叡尊は「戒を守っていれば、汚れることはない」と宣言した。
戦乱の世にもなり、死者も増える。
現実問題、葬儀もしないといけないが、従来の僧侶は拒否する。
そこに真言律宗の革新性が存在する。

翻って考えれば、きれい事を言っても「戒を守らない僧侶は力がない」ということになる。
こりゃ、旧仏教の権威も失墜する。
だから、真言律宗は是非とも新仏教の一派に入れてほしい。

余談だが、叡尊は激烈な人だったとも思う。
宇治川の浮島に、そびえ立つ十三重の石塔がある。
高さ15mで最古の石塔ともいわれる。
魚の霊を弔うために叡尊が建立したもの。

当時、宇治川の橋は何度も大水で流されたという。
「戒」第一の叡尊は「殺生するからじゃ」と、漁民らの網などの漁具を破却させたと伝わっている。
いくらなんでもやり過ぎでは…と思うけど、これも「殺生戒」を守るため。

これくらいやらないといけないほど、世間では「破戒」が進んでいたといえる。
いまは「戒」など、仏教で話題にならないが、
時代によっては避けることのできない課題だった。

叡尊の思想と行動こそ、いまの仏教界に求められているのかもしれない。