八日市の町おこし、近江「飛ぶ」こと、二宮忠八と飛行神社(2017年10月)

円瓢よ

地獄記があがってたな。
なかなかの出来じゃわな。
なんせ、中身がいいからそうなるのであろうが。

さて、最近は猫の手も借りたいほど、いろいろなことに関わっておる。
その一つが八日市の町おこし。
中でも100畳の大凧祭りを復活させようというもの。

https://www.google.co.jp/search?q=%EF%BC%91%EF%BC%90%EF%BC%90%E7%95%B3%E5%A4%A7%E5%87%A7&rlz=1C1GGRV_enJP755JP759&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwjqmImS59nWAhVHNbwKHSCvCH4QsAQILA&biw=1152&bih=604

以前に落ちてきた凧に下敷きになり、大阪の70代男性が死亡。現在も裁判中で
市の職員と保存会の方が被告になっている状況(2018年に和解)だ。

でも大凧会館で、100畳の大凧を見て、魅入られてしまった。
博物館の学芸員の話がまた面白く、大凧にまつわるストーリーを聞くにつれ、
これは復活させねばと思い至り、勝手に復活の手段を探っておる。

こういうご時世なので、マスコミに会わないという保存会会長にも会い、つもる話を聞いてきた。
成人式に飛ばされる20畳凧の制作には、招待してもらえることにもなった。
まずは20畳からというところだが、それはそれですごいものだと思う。

前にも話したが、近江にはやたら「飛ぶ」ものが多い。
相応和尚にはじまり、大凧も飛ぶもの。
そして、民間初とされる飛行場もここ八日市にあった。

http://blog.goo.ne.jp/kkkk_015/e/70298646bd91e41bdbb44d5879d85b87

凧をすぐれば、当然飛行機に行き着く。
凧人脈と平行して、日本に唯一という京都の飛行神社にも足をのばせば(航空神社はいくつもある)、
これもまた面白い。ここを作った二宮忠八はライト兄弟より早く飛行理論を生み出していたという。
陸軍に申請したが、何度も却下され、日の目を見ることがなかった。
しかし、彼は飛行機を作るためと始めたビジネスで大成功。
飛行機制作は諦めたが、飛行機への思い立ち切りがたく、飛行事故で亡くなった霊を
なぐさめる神社を創建した。それが飛行神社。
余談だが、飛行機創世記には飛行事故で亡くなった人が多かった。
聞けば、大凧会館の職員もよくお参りに来ていたとのこと。
ついでにいえば、新聞社もヘリを飛ばすので、毎年持ち回りで、来るのだとか。
最近は、ドローンやロケット関係者も来るという。
ついでいえば、自衛隊もね。

もとはといえば、相応和尚の仏縁だと思うのだが、「飛ぶ」ことがつなぐ縁もすごいものがある。
さらに、八日市飛行場の本を書いた方にもお会いしたが、
この方は80歳を超える御仁で、しかも達者な神社の宮司さん。
3時間の濃いトークをかましていただいた。
市の方も紹介してもらう段取りになった。

八日市の凧人脈は制圧しつつあるので、あとは行政のパイプを持てれば、
「飛行のまち・八日市」プランは早期に実現するやもしれぬ。

八日市は近江八幡から、日本で2番目に値段が高いとされる近江鉄道で
20分ばかり揺られる辺境の土地。
とはいえ、天狗が開いた太郎坊神社や、聖徳太子が開いた瓦屋寺など歴史遺産も事欠かない。
しかも、人がおおらかで人なつっこい。ここなら住めそうな気もしてくる。

東に進めば永源寺もあるので、寺も多い。湖東三山も近辺にある。
MONK拠点としては格好の土地ともいえる。

ついでいえば、八日市に平田という土地もあるのだが、ここは近江牛のメッカ。

http://shiga-shokuniku.or.jp/index/kousha/#access

牛は、江戸時代は味噌漬けにして彦根藩の献上品だった。
このあたりがと殺場で、ある意味では部落だったというところ。

なさそで歴史のある不思議な土地である。
今は飛行機関連の施設に興味を持っておる。

戦争の歴史は、近くの平和祈念館でわかる。
比叡山に本土決戦にそなえ、カタパルトが築かれたことも説明されていた。

別の本で読んだが、大津には模擬原爆が落とされ、実際の攻撃目標は京都だったという。
黒歴史ではあるものの、どうにかして伝えなければいけない歴史でもある。

つらつら勝手に書き散じた。

今度の地獄は近江でいいと思う。

ではの。

空石