中沢の「ブッダの方舟」はやはりとても面白く、五木の「隠れ念仏 隠し念仏」も凄い(2015年9月)

円瓢よ

メールしたのは、「ブッダの方舟」がめちゃくちゃよかったという感謝のためだ。
博覧強記の中沢先生と宮崎氏のマニアック仏教トークが面白いな。
そこに入ると、夢枕獏も普通の人間に思えてくる。

中でも仏教というフレームワークが来たおかげで、日本の思想の原型ができたという「仏教触媒論」は改めて目を開かされた。
仏教っていっても、スリランカやタイでは違うし、日本や中国でも違う。
その基盤を形成するのが、その土地の思想だというのは、当たり前だけど、納得させられた。
いまは、アイヌや沖縄の文化を調べているが、
万物に神が宿るとか、祖先崇拝とか、この考えが基本にあって、そこに合う仏教が独自の発展を遂げたんだろうね。
だから、仏教という完ぺきな箱物が、そのまま日本に定着したというものではない。
本地垂迹もこの過程で起こっているものな。

最後の方に、宮沢賢治を考察しているのも面白かった。
俺もなぜ、あの蚊も殺せないような宮沢が、バリバリ右の国柱会に入信し、
日蓮宗にはまっていったのか、わからなかった。
でもこれを読んでいくと、少し合点がいったわ。

元々賢治は、真宗の家に生まれ、岩手の前近代的な風土に真っ向から反発。
科学を信奉するロマンチストが、社会改革を叫ぶ日蓮宗に惹かれたのはよくわかった。

その東北の前近代的であり、おどろおどろしさを端的に現わした良著を読んだ。
五木寛之の「隠れ念仏 隠し念仏」だ。
江戸時代は、切支丹だけでなく、真宗も弾圧されていたところがあり、それが厳しかったのが、
薩摩と東北という。

薩摩は「隠れ念仏」という形で、地下に潜り、本山に寄付を送っていたという。
驚くべきは「隠し念仏」で、こちらは本山からも潜って、独自で信仰を守っていた。
だから、禁が解かれても、「隠れ」は真宗に認められたが、「隠し」は寄付金がなかったため、異端とされたという。
こんなところが、本山の腐ったところではあるが。

それと、東北こそが、さっきいった土着の文化が強いところで、
そこに武士文化や仏教が注入されていったんやね。

五木が面白いことを述べていたが、東北はもともとヒエ、粟を主食として食べる文化があったという。
それを日本が「白米こそが日本」という文化的な侵略を行ったため、米の育ちにくい東北が、江戸時代に飢饉に襲われると、米が育たず、大きな被害を受けた。
これが、司馬遼太郎がいうところの「沖縄も大阪も東京も、日本にくっついて、何一ついいことがなかった」ということか。
大きいものに飲み込まれると、なにもかも単一的になり、弱いものがあおりを食らう。

だから、微妙だけど、宮沢賢治もよかれと思ってやったことが、実は東北の人にとっては、
結果的に日本の近代化に組するところになり、嫌な方向に持って行かれたきらいがあるわな。
原発なんかその典型。
いらないものをもってこられて、札束で顔をはたかれて、バーストしてしまう。
そこらへんの復権をされているのが、東北復興のかたたちでもあるのかな。
1度、そんな話を聞いてみたいね。

いろいろ話したが、あした東京の品川に行きます。
お時間あれば。
7時ごろからでも。
その日に帰るがの。

空石