くせになりそう、慈眼寺参り(2019年7月・京都市・慈眼寺など)

「あ、慈眼寺ですか? そこ知ってますよ」
お寺好きの方の目が輝いたのだが、
私が訪れた慈眼寺とその方がいうお寺は違っていた。
調べてわかったのだが、「慈眼」という名前がつくお寺は、日本全国にかなり多い。
大阪だと、野崎観音として知られる寺院が慈眼寺という。
ちなみに「慈眼」というのは、仏や菩薩がわれわれ衆生を慈しみの心を持ち見る目のこと。
ということで、慈眼参りの旅へようこそ。
大阪府泉佐野市に、慈眼院というお寺がある。
JR阪和線で日根野という駅から、バスに乗る。
田舎道をのろのろと10分ぐらい進んでいく。
バス停を下りると、すぐにこじんまりしたお寺が現れる。
お参りの方が大勢いるという感じはない。
なんでそんなお寺に行くのかって?
すばらしい多宝塔があるからである。
滋賀・石山寺、高野山・金剛三昧院の多宝塔とともに、日本三大名塔とされている。
鎌倉時代のもので、国宝指定もされている。
まぁ、そんなうんちくは置いておいて、間近に行けば、そのすばらしさがすぐにわかる。
お寺の方に入山料を払い、境内に。
金堂越しにこぶりの凜とした小塔が建っている。
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ほんとに小さい。
約10メートル。多宝塔ではもちろん最小である。
少し南に行った和歌山・根来寺にある。
こちらは40メートルもある。多宝塔では最大。
その4分の1ではあるが、その存在感は同等なのである。
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軒の反りが絶妙で、若々しくて、みずみずしくて、カッちょいい!
1271年創建というと700歳以上だけど、彼は元服前の美男子よ。
お稚児趣味はござらんが、ずっと見ていても飽きがこない。
境内は広くないが、そこここを歩き回って、どの角度からがいいか物色する。
それが、どの角度からも美男子(?)なのである。
隣に金堂。こちらは鎌倉期の重文であるが、これもいいバランスを保っている。
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ここの庭園は空間全体が鑑賞の対象になっている。
境内は緑の苔で覆われており、それが小塔の黒ずんだ古材の濃い褐色と
見事なコントラストをなしている。
確かに東寺の塔や興福寺の塔は、すばらしいが、塔にのみ視線がいってしまう。
この小塔は小さいがゆえに、周りの自然とも同化して、
己の存在をかくも大きく見せることに成功している。
慈眼院は天武天皇勅願というから、奈良時代の創建。
豊臣秀吉の紀州攻めなど紆余曲折はあったが、この多宝塔と金堂だけは火災を免れた。
すぐ隣が神社である。
日根神社といい、慈眼院はかつて神宮寺として神社を管理していた。
明治の神仏分離令でさようなら。
このように、柵で離されてしまった。
だが、この柵が1年で1度だけ開扉される。
それが正月三が日。
このときだけは、入山料もなく、神社からでも柵を開けて、多宝塔に参拝することができる。
しかも、多宝塔と金堂の扉も開けられるというご開帳サービスも。
多宝塔には平安期とされる大日如来さん、金堂には薬師如来さんもおられるとのこと。
正月は神社から、慈眼院を訪ねてみたいものである。
ところ変わって、宮城県である。
友人の車で、仙台から山形方面に走っておる。
「秋保」というところにある。西日本の人にはわかりづらいが「あきう」と読む。
温泉地として有名らしい。
「なんもなかったら、ゴメンやで」
彼とは友人だが、お寺について話したことはない。
だから、私のマニアックな興味につきあってもらうのは幾分悪い気もしていた。
「いや、行ったことがないところなので、行きましょうよ」
それが第2の慈眼である慈眼寺である。
夏の東北の緑は、関西の炎天にさらされた緑と与える印象が異なる。
見ているだけで涼しい。
そんな清涼の地に慈眼寺はある。
畑のある民家がポツンポツンと見えてくる中に、お寺の入り口が現れる。
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石畳の参道が伸び、正面に本堂がある。
キレイに手入れされており、禅堂のような清潔な印象だ。
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こちらには多宝塔はないが、行者さんがおられる。
塩沼亮潤大阿闍梨である。
1999年に大峰山系を行脚する「大峯千日回峰行」を満行された。
混同を避けるために説明すると、比叡山の千日回峰行とは異なる。
大峯千日回峰行は、奈良県の大峰山(「峰」で正しい)で金峯山修験本宗が行う修行。
吉野の蔵王堂から大峯山頂まで片道24キロ、標高差1355メートルを走破する。
比叡山の千日回峰行と同じで、途中でやめることはできず、そのときは自死することになる。
雪で入れない時期があるので、満行まで9年を要する。
常人では考えられない苦行を成し遂げられた行者さんである。
そのお方が、故郷に自らのお寺を建立された。
当然、その胆力ゆえに日本中の方から慕われている。
ゆえに、忙しい。
案の定だが、自坊にはおられず、月に2回の護摩行のときのみお目にかかれるそうである。
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まぁそれは想定内。
掃き清められた本堂におじゃまさせていただく。
本尊は蔵王権現である。
修験道の祖とされる役行者が、感得したとされる日本発祥の神様である。
これが本尊とは珍しい。さすが修験者の寺である。
友人と話し込んでいると、お寺の方が注意しにこられた。
「長居は別のところでやっていただければ…」ということなのであろう。
確かに、それは一理あると本堂を出て、寺務所に。
これがなかなか興味深い。
寺には似つかわしいDVDが売られていた。
「クレイジージャーニー」という番組に出演したときのもの。
Tシャツも売られており、こちらは英語でデザインされており、少しほしい気もする。
みうらじゅんなら、間違いなく購入するであろう。結構ロケンロールもしてるし。
「海外の方からも人気があるので、勝手に信者の方が作ってくれたんです」
お寺の方が丁寧に説明してくれた。
塩沼大阿闍梨は海外でも引っ張りだこで、ロンドンやNYでも講演しているという。
そりゃ、海外の人からみれば、この修行は自殺行為やもんな。
だから「どんなクレイジーな御仁やねん?」って興味も沸くわな。
同行の友人も「僕も会ってみたい気がしますわ」と言ってくれたのは幸い。
その報告が聞きたい。
これまでは何気なく慈眼の旅を重ねておったが、今度はねらって訪れた。
ところは京都市内。でも恐ろしく北にある。
それまでは北桑田郡周山町と呼ばれていた。今は右京区京北周山町である。
京北といえば、紅葉で有名な高山寺や神護寺もあるが、そこを越えて、まだ北に向かう。
北山杉を横目にレンタカーが突き進む。
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東北と違って、京都は暑い。
「レンタカーは正解やな」
仏友がのたまう。
京都の市街地から1時間弱。山道を抜け、町に出たが、暑すぎてか人の姿が見えない。
と思っていたら、幽鬼のようなご老人が、力なく自転車をこぎ、消えていく。
あれは夢だったのか…。
路地のはてにお寺があった。
慈眼寺会館というビルがある。
そこでは座禅会が行われているらしい。
車を降りて進むと、曹洞宗の慈眼寺がある。
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ピンポンを押すと、お寺のご子息か、お若い方がお堂を開けてくれる。
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釈迦堂の扉を開けると、結構な仏像などが勢ぞろいしている。
はるばる来たのは、右奥の厨子におられる明智光秀の木造。
これがなかなか珍しいもので、玉眼だけが白く、体は真っ黒。墨で塗られている。
漆黒の光秀像。しかも幾分、憤怒の相にも見える。
光秀の死後、しばらくして造られたが、
逆賊ということで、慕った村人が墨で黒くするなどして、隠れて守っていたという。
道中も仏友が話していた。
「光秀は逆賊やとか言われているけど、信長なんか上司としては最低かもしれんぞ。
第六天魔王とか呼ばれてるし、恐ろしいことこの上ないもんな。
高野山の光秀の供養塔も何度も壊されてるらしいけど、えらい災難よな。
俺はよほど彼の方が常識人やと思うわ。いいやつやったと思うよな」
その通りであろう。
こんな京の外れの地でも黒塗りにされているのである。
だが、ようやく彼にもスポットが当たりかけている。
2020年の大河ドラマは、明智光秀が主人公となる。
それを見越してか、こちらの寺でもこんなキャラクターが登場した。
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「黒光くん」とある。
インパクトは絶大である。
来年、アクセス困難なこのお寺にどのような変化があるのか楽しみである。
突然であるが、歴史ロマンというものがある。
源義経が北海道に渡り、さらに大陸でチンギス・ハンになったとか、
源為朝が沖縄に上陸したとか。
光秀にもそのたぐいの話がある。
彼は本能寺の変後、落ち延びて、徳川家康を支えた天海和尚になったとか。
そう言われるのは、この日光東照宮の設立などに関わった逸僧の江戸時代以前の
史実があまりわかっていないからである。
彼は1648年の死後、慈眼大師の諡号が贈られた。
「慈眼」なんや!
だが、これはこじつけが過ぎる。
はじめこの像は光秀が造った密厳寺にあったが、1912年に廃寺になったことで、
ここ慈眼寺に移された。
なので「光秀=慈眼寺=慈眼大師=天海」ということにはならない。
でもなかなか慈眼の旅は面白かったでしょ!
 
●慈眼院
  大阪府泉佐野市日根野626
  JR阪和線・日根野から南海バス・東上下車すぐ
  電話072-467-0092(要連絡)
●慈眼寺
  宮城県仙台市太白区秋保町馬場字滝原89-2
  JR仙山線・愛子から市営バス・秋保大滝行き
   (フリー区間のため「慈眼寺前」と運転手に)
  電話022-399-5333
●慈眼寺
  京都市右京区京北周山町4
  JR山陽本線・円町から西日本JRバス・周山下車徒歩3分
  電話0771-52-0213

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