延命の仏は仏教由来ではない!?(2019年4月・奈良県五條市・常覺寺)

お寺を参るにも大義が必要だ。
つまり、なぜそのお寺に行くのか?
同行も日にちも決まっていたが、目的地が決められず、迷った。
そんなときはご縁にまかせるほかないが、難産で…。
決行前日に妻の仕事で京都に行ったので、東山にある青蓮門院の夜間拝観に足を運んだ。
観光寺院の夜間拝観…。
期待はしていなかったが、これがなかなかのものだった。
庭園に散らされたランプがほのかに淡く青い光を発し、幽玄の世界を現出する。
これでもかのライトアップではなく、あくまで微かな灯かりで庭園を彩る。
庭園は観るだけでなく、ブラリと回遊できる。
熾盛光(しじょうこう)本堂というこじんまりした建物に出会った。
ここに本尊「熾盛光如来曼荼羅」が祀られているという。
熾盛光如来とは聞き慣れないが、如来の頭頂にある髪を結ったもとどりを神格化した仏であるという。光の化身ともされる。パンフレットには、これを本尊とする寺院は、日本でここだけとある。
説明調で申し訳ない。しばしご勘弁を。
この仏は天台宗で行われる修法「熾盛光法」で知られる。
基本的には、天皇の玉体安穏を祈願する祈祷である。
比叡山延暦寺では、「熾盛光法」「七仏薬師法」「普賢延命法」「鎮将夜叉法」の4大法が毎年1つずつ(つまり4年に1回)4月4日から1週間、御修法(みしほ)として17人の高僧により修法される。折しもこの修法が比叡山で行われているときであった。
普賢さんの修法もするのかぁ…。
なにげに思っていた。ただ、少し違うようである。
「普賢菩薩」ではなく、「普賢延命菩薩」である。
調べていくと、平安時代など当時は珍しい作風ではないが、「延命」ということに主眼があるらしい。
これは…と思い、仏像のありかをみていくと、奈良県五條市にあった。
関西人といえども滅多に行かない場所である。
同行の徒もハードコア仏教徒ときている。
ここやな…。ようやく目的地が定まった。
改めていうと、奈良県五條市にある高野山真言宗の常覺寺(じょうかくじ)に向かう。
奈良からでも車で2時間かかったか(寄り道もあったので)。
対向車は限りなく少ないが、4月は桜の盛りであった。
ときおり、山桜に目を奪われる。
場違いな大型バスが停車しているかと思えば、
写真愛好家が桜の木のまわりでカメラを構えている。
それでも周辺に、観光地といった趣はない。
場所でいえば、吉野と高野山の中間地点である。
山深いことこの上ない。
国道からわかれた山道の途中にお寺があった。
城のような立派な石垣が威容を誇るが、石段を上がって三門をくぐると、
ほどよい大きさの本堂が姿を見せる。
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呼び鈴を押すと、恰幅がよくて、一見怖そうなご住職が現われる。
(すぐにわかったが、本当に優しい方であった)
「お上がりください」
通された本堂は、少しひんやり。外気と温度が違う。
「仏像を拝むときは、こうでないと」
朋輩の御仁は満足げ。
俗世界と一線を画した仏の領域に足を踏み入れる、という感覚を大事にしたいのであろう。
住職はそこを察したのか、ちゃんと練り香も用意してくださっていた。
そして、おわしましたお目当ての普賢延命菩薩様…。
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「こりゃすごい…」
絶句した。
普賢菩薩は1頭の白象に乗っているものと思いきや、こちらは4頭に支えられている。
22本の手があり、正面の2本は手のひらを見せる説法印のような印相。
田舎作りではないであろう優美なお顔からして、奈良の腕利き仏師の仕事か。
「象の上に四天王が乗っているんです」
よく見ると、4頭の上に1つずつ四天王がちょこんと載せられている。
「経典には3000頭の象が支えているとも書かれています」
よく見ると、台座の縁には小象がぎっりりと並んでいる。
なんとも芸が細かい。これが普賢延命菩薩なんや…。
遠路見に来る価値があるわ。
普賢菩薩は、知恵の神様やら、女性の神様やらというが、延命さんは少し性格が違う。
「延命ということで、戦時中は表向きは戦勝祈願というて、『生きて帰ってこれますように』と願をかける参拝者が絶えなかったと聞きます」
戦争の狂った時代は「生きて虜囚の辱めを受けず」という考え。
延命を求めるなどもってのほかということだったのであろう。
だが人の性としては、切に生きることを望んでしまう…
これはいつの世でも、ましてや狂気の時代にはなおさらのこと祈りが捧げられた仏像なのだろう。
延命という目的で拝まれた仏像である。
平安時代の皇族や貴族の間でも、この仏像を作ることがはやったらしい。
「法隆寺にもありますし、高野山にも以前はあった(焼失)と聞きます」
そのとき修法されたのが先の「普賢延命法」というわけだ。
今でも天皇のために行われていることも驚きではある。
「延命もしますが、命を絶ちきることもできるといいます」
優しい口調で、恐ろしいことも言われる。
まぁ、現代では脳死とかあるものな。もちろん、そんな祈祷はされないであろうが。
さらに住職が興味深いことを教えてくれた。
「この近くには昔鉱山があって、学校があったりと、結構栄えていたらしいのですよ」
えっ、こんな田舎に!(すみません)
見渡すばかりの木々というか、森であり、山である。
調べると、立里鉱山などの鉱山があり、1961年には閉山したという。
この土地は2005年に五條市に合併されたが、それまでは西吉野村だった。
データによると、02年に4000という人口も17年には2600に。
過疎の問題を抱えるエリアである。
「鉄道も通るはずだったんですけどねぇ」
それは知ってる。五条(間違いではない)と新宮をつなぐ五新鉄道や。
鬼の祭りを見に行ったときに、粉雪が舞う中レンガ造りの立派な橋の遺構を見た。
1939年から建設が開始され、戦争で中断されるも、戦後にまた工事再開。
だが、鉱山の閉山などもあり、利用者減も予想され、82年に工事凍結が決定した。
(先行でバスが開業していた)
過疎のまちの典型的な事例ともいえる。
このときの事情がよくわかる映画がある。
今をときめく奈良出身の映画監督・河瀬直美がカンヌで新人賞を獲得した「萌の朱雀」。
鉄道工事で揺れる村の家族を淡々と追った秀作である。
工事に従事する父を持つ家族が、過疎の村で離ればなれになっていく、
悲しいストーリーだ。
作品はカンヌを獲るだけあって、異色である。
役者はほとんど素人で固められ、台詞もぼそぼそで聞きづらい。
だが、それが妙な味わいになっている。
説明がほとんどないので、現地に行った者でなければ、背景はわかりづらい。
主人公はいまや有名女優の尾野真千子である。
下駄箱を掃除していた学生の彼女をスカウトしたのが、河瀬である。
尾野はこの映画出演後に高校を卒業し、デビューする。河瀬の眼力たるや恐るべし。
付け加えると、奈良県は昨年の議会で、現在奈良市にある県庁を
中央の第2の都市・橿原市へ移転する決議を採択した。
過疎化が進む南部と観光でにぎわう北部との格差を解消しようという考えの表れである。
移転したから、問題が解消されるわけではないであろうが…。
普賢延命菩薩の話に戻れば、この仏さんは昔から知る人ぞ知るではあり、
遠方から拝みに来られる信者もいたという。
しかし、その頃は秘仏で常時拝めたわけではない。
それを村の事情も勘案し、住職が英断。
いつでも拝めるようにと、かじを切った。
今、その恩恵をわれわれも受けているということである。
親切な住職がまた教えてくれた。
「(和歌山県の)橋本にここと同じ普賢延命菩薩をお祀りする普賢寺がありますよ」
そうなの!
車でも40分ばかりかかるが、こりゃ行くしかない。
お寺が閉まりそうな時間帯だが、間に合うか…。
ギリギリ午後4時前に寺に着いた。
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境内の桜がお堂にマッチしている。
ここでも、連れ合いは御朱印を取り出す。
革ジャンに御朱印帳はかなりミスマッチではある。
お寺の奥さんが丁寧にご対応してくれた。
訪問の意図を告げると、本尊の写真を持ってきてくれた。
「昔(廃仏毀釈の時代)、仏像を守るために黒く塗って隠したと聞いています」
それで、汚れを落とすと、金箔が出てきたのか。
象さんは、独鈷杵を鼻でくわえているが、こっちがオリジナルなのか。
たわいもない話が、延命さんの味わいを増してくれる。
「15日が大祭でそのときだけ、ご開帳するんです。すみません」
期待はしていなかったので、拝めるなどとは思ってなかった。
月曜でなければ、トライしようとも思うのだが…。
後ろ髪引かれる思いでお寺をあとにした。
境内には写真を掲示してあったので、それでイメージしてもらえれば。
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普賢延命菩薩のはじごとは、粋な旅であった。
わたしは大満足であったが、連れ合いは心にひっかかりがあったらしい。
「僕は美術としての仏像の美しさよりも、それがどうしてそのような造形になったかの
意図に興味を持ちます。この延命菩薩もなにかの願いが込められているはず」
彼の考えでは、覚覺寺の仏の印は説法印でなく、「元々なにかを持っていた」という。
水甁とか、そんなものか…。確かになにかを持っていた感じはするわな。
それがわかれば、この仏の意味もよくわかろうというもの。
ただ、今となっては、それは謎のまま。
「象に乗る四天王が意味するのは、東西南北の方角でしょう」
いわれてみれば、そうである。
「それが御利益を担保するのであれば、ご本尊ですが、私は道教神を隠しているのでは? と考えました」
え、仏教でなく、道教なの?
ここから彼の洞察はすごみを増す。
「本来死ぬことで完了する仏教なのに、延命の縁をとるというのは仏教の教えから逸脱します。つまり仏では、本当は出来ないことなので、道教神に仮託したのではないかと、考えました。あの方は泰山府君ではないのか? ということです」
泰山府君だって!?
中国の道教ゆかりの神様で、日本では陰陽道と習合し、最高神とされる。
天台密教を伝えた円仁がその教えを持ち込んだとされる。
人の寿命や福禄を差配するとされる。
京都の赤山禅院では、今もその修法が行われている。
「泰山府君法」とは陰陽師・安倍晴明の十八番で、死者をよみがえらせる修法としても知られる…。
え、それ仏教徒なら、磔の刑でしょ!
それは置いといて、さもありなんである。
泰山府君の本地仏は、本来地蔵菩薩なのだが、
彼にはもう1つの考えがあった。
「延命呪『オン バザラユセイ ソワカ』は、寿老人の真言と同じです」
そうなんですか?
ここらは全くわからん。
寿老人とは顔が上下に長い、あの宝船に乗った七福神の1人。
道教の祖とされる老子が昇華されたお方という。
いわずとしれた長寿を司る神様である。つまり延命神。
しかも真言も同じときている。
ただ、寿老人は赤く光る南極老人星が神格化されたものとされる。
一方、泰山府君は北極星に比せられる。
普賢延命菩薩は、泰山府君なのか、寿老人なのか…。
失われた持物が、人間の頭が付いた杖や書物ならば、泰山府君、
桃の木の枝や薬袋ならば寿老人となろう。
ただ泰山府君は、妙見菩薩に習合しているのでどうか。
彼が言うように、持物が語るのであろう。
真相は歴史の闇だが、1つの結論には到達する。
いずれも道教由来である。
仏教の奥深さが、普賢延命菩薩への視線から浮かび上がってくる。
●常覺寺
  奈良県五條市西吉野町黒渕
  JR和歌山線・五条(五條ではない)から奈良交通・黒淵から徒歩15分
  (五条駅からタクシーで約30分)
  電話0747-32-0129
●普賢寺
  和歌山県橋本市菖蒲谷828
  南海高野線・御幸辻から徒歩17分
  電話 0736-32-1876

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