死ぬほどの体験・前編(2019年2月・岡山市・西大寺)

まさに悪魔のささやきだった。

「絶対後悔せぇへんでぇ」
まるでマルチ商法の勧誘である。
しかも、そんな商売人の風体の御仁だから、なおさらそう聞こえてしまう。
またしても先輩の誘惑に乗ってしまった。
ときは2月16日の極寒。3人を乗せた軽自動車は、一路岡山へ向かった。
目的地は岡山市内にある高野山真言宗別格本山・西大寺である。
日本三大奇祭の1つとされる会陽(えよう)、いわゆる裸祭りに参加するためである。
誘っておいて、まぁ道中彼からえらいおどされた。
「トランス状態やから、えげつないで」やら
「倒れたら、踏みつけられて大怪我するで」とか。
それやったら「行く前に言うてくれ…」と思いながら、
夕方ごろ準備のための会場に到着した。
扉の向こうを見てビックリ! 別世界であった!
何人いるのかわからない。
子どもがはしゃぎ、大人には余るほどの料理が用意されていた。
そば、カレー、おでんなどいろいろあって、食べきれない。
飲み物もビールから日本酒まで、なんでもござれ。
極めつけは、寿司職人。なんとまぐろの解体ショーまで行われておる。
こんなものは、テレビの世界だけと思っていたが…。
そばに簡易の回転寿司コーナーが用意され、職人の切ったネタをまわしていくのだが、
客が容赦せず、マグロの前にかぶりつき。皿の上でまわる前に、手を伸ばし、大トロだの中落ちだのが、あっという間にかっさらわれてしまうのだ。
子どももわけもわからず、並んでいる。
老婆心ながら「おぬしらの年でこんなものを食べ慣れたら、ろくな大人にならんぞ」
と教えてあげたいわ。
まぁ、それぐらいとろけるようなおいしさだったわけだ。
裸祭りに繰り出す勇者のために、地元の世話人が身銭を切って、接待する場所なのである。
世話人によると「関係ない人もいるみたいで、年々増えているような…」と苦笑い。
そりゃ、解体ショーしてたら、誰でも参加したくなるでしょうよ。
ともかく、たらふく食べさせていただいた。
何度お礼してもしたらないぐらいである。
でも、これって「と殺場に向かう養豚に、最後の食事をふるまっている」ような気がしたのは気のせいか?
説明が遅くなったが、裸祭りこと会陽(えよう)は、室町時代から行われていたといわれ、
裸の男衆が投げ込まれた宝木(しんぎ)を奪い合う仏教行事である。
福が授かるというお札が取り合いになったので、放り投げて授けた。
それを奪い合ったのが、始まりとされる。
参加者は8000~10000人ともいわれる。
外の花火も終わったようだ。
あぁ、クライマックスのときが刻々と近づいてきている。
祭りに参加するのは、最高にうれしいのだが、ただ…。
拙者、なにせ寒いのが大の苦手である。
2月である! しかも祭りの開始は夜10時ときている。気温は5度前後。
そんな中、裸で水垢離も行うのである。
ショック死したら、笑えないよなとか、不吉な思いが頭をよぎる。
午後8時30分。マイクロバスが到着。
ホントにとさつ場に向かう仔牛の気持ちだ。
でも、参加者は興奮状態。
「わっしょい! わっしょい!」
狭いバスにぎゅぎゅう詰めなのだが、異様な興奮状態が全員に伝播している。
会場近くに降ろされ、テントに向かう。
そこでお着替えとなる。
日はとっぷり暮れている。
そして…やっぱり寒いやんけ!
テント内はさらし姿で肩を組んで、すでに戦闘態勢の輩もいる。
聞けば、舞台となる本堂にもう繰り出している猛者もいるらしい。
こんなときはアルコールの力を借りるしかない。
一気に缶ビールを開けて、決戦のときを待った。
仲間も一人づつ生まれたころの姿になり、さらしを巻かれていく。
こちらも生まれて初めて、さらしを巻いている現場に立ち会った。
初心者がさらしをおしりに差し込まれ、絶叫する声が響き渡る。
そわそわしていると、順番が回ってきた。
もう逃げられまい。覚悟を決めて、素っ裸になった。
さらしの端を持ち上げ、顔付近に固定する。それが前に垂れて、前を隠す部位になる。
自らが回りながら、さらしを巻いていく。
まわしの中に、自分の名前と連絡先を書いた紙をはさまれる。
もしものときのためのものである。つまり、ノビてしまったら、
あられもない姿で見物人にさらされるということなのか。
最後はおしりに沿ってさらしを入れられ、巻き役が背負い投げで、グッと最後に固定。
つまりは男性の大事なところも締め上げられて、
思わず悲鳴がもれてしまう。
これがまわしというものなのか。
ずれそうでびくともしない感じ。
だが、常連は「少しゆるふんぐらいがいいんですよ」と話す。
そのわけは後編でとくと明かそう。
(後編に続く)

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