「The Gate: A True Story」(2011年11月)

 

仏友からのメールで、映画に行ってきた。

触れ込みは、FUNKYな日本のお坊さんが門を開ける…。

正直、そのときは「お坊さんが…」というところに魅かれた。

映画の名は『GATE』。自主上映のため、実家に泊まり、朝から京都・丹波橋の駅にある文化センターに向かった。

映画の内容は、シンプルなれど、実に斬新。

福岡県星野村には『原爆の火』と呼ばれる火が守られている。

広島の原爆の業火から取り出された残り火が今も燃え続けている。これを日本のお坊さん3人が、世界で初めて原爆の実験が行われた米国のトリニティーサイトに返すというお話。彼らはサンフランシスコから灼熱のデスバレー(40度以上という)を徒歩で横断し、核施設に向う。その距離2500キロという。彼らの願いは『原爆の火』をそれが生まれたトリニティーに返し、「破滅の輪を閉じる」ということ。このシンプルな実話が、ドラスティックに描ききられている。

 会場からはすすり泣きが、絶えなかった。

クライマックスは、核施設のGATEがひらくところ。

なぜか?

このGATEは昔よく映像に流れていた。

8月6日のHIROSHIMAの日に、平和団体が強行突破を試み、警備員によって取り押さえられるシーン。

つまりこの重い扉は60年間、民間には開けられたことがない開かずの扉だったのである。

結論をいえば、ランタンを持ったほほえみの僧侶らは、警備員に取り押さえられることなく、破滅の扉が開かれた土地、トリニティーにたどり着き、そこで広島の火は法要をみとったのち、役目を終えたかのように消える。

会場のすすり泣きを思うと、これほどまでに戦争や核の恐怖を訴える方法があったであろうか?

あれだけ、戦争反対や原発反対と(いいか悪いかは置いといて)、平和団体が声高に主張しても伝わらないのに、このギャップはなんだろう?

上映後は、MATT監督と一行の一員だった宮本先生を囲む会が行われた。これがまたよかった。

MATTは流ちょうな日本語で先生のように語りかけた。

「タイムカプセルってあるでしょ?僕の友達が冗談で『爆弾を入れたら、空けたときボンだぜ!』ってふざけてた。でも今の状況はまさにそれと同じ。地球を何回滅ぼしてもまだ余る核兵器が地球に存在する。わたしたちは、未来に悪しきタイムカプセルを残すことはできない」

それで彼は、この映画をつくり、自主上映をしているのだが、それだけではない。

冒頭のオブジェだ。

これは核兵器の廃棄物でつくったもの。映画の収益で、核兵器を買い取り、溶解。さらにはそれを若者が好むアクセサリーに変えているのだという。

おそるべき発想。まさに『破滅の輪』を円満に閉じようとしている。

核の残りかすで作られたオブジェは、ズシリと重い。片手ではとても持てない。でもこれはあくまで破片…。

人類はこんなくだらないものを再生産してきたのだ。

MATTの熱いトークの後は、座談会。連れと私は善良な市民を装い、質問を投げかけた。

核兵器1個をつぶすには、いくらかかるのか?

「10万ドルぐらい。円高なんで今は少し安くつぶせます」

といかにも外国人らしいジョークも。

なぜ、GATEは開いたのか?

実際、MATTもダメだと思っていたという。

そりゃ、あまたある平和団体が強行突破しようとしても60年間開かなかった開かずの扉なのだから。

だが、ここは仏教でいうところの縁が奇跡のように連鎖した。

当然、MATTは国防省に何度も嘆願書を送っていた。だが、それはいつも返事を留保されていた。ときが過ぎたが、知らぬまにそれは、責任逃れのために上層部に上がり、ついにはブッシュJrという大統領までたどり着いた。

しかし、彼の答えはこうだったという。

「私としては許可してあげたい。だが、原爆が落とされた日に、GATEを開けるということは米国の非を認めることにもなる。そんなことを大統領が認めることはできない。だが…」

「扉を開ける権限をある一定の時間だけガードマンに与える」

超法規的丸投げが、トリニティーに投げ返された。

一件落着ではない。

この警備員というのは、太平洋戦争で家族を失った男。そんな男が、日本のMONKのために、扉を開けるはずがない。ブッシュもそう思ったろう。

 しかし、扉は開けられた!

 「彼らはほほえみながらただ歩いてきた。いつものやつらみたいに敵意を感じなかったんだ」

仏教が掲げる無抵抗がGATEをこじ開ける原動力となった。

しかも、2500キロを3人で走破した宮本老師は飄々としたもの。

イヤだと、師匠に断ったにも関わらず、

「心配するな。骨は拾いにいかせてもらいます」

といわれて、腹を据えたという。

ここはベスト・キッドや少林寺の世界だが、実話だというから、仏の教えって超クールやわ。
 
MATTは「宗教を掲げる映画ではない」と強調していた。

確かに、声高に仏教は叫んでいない。

ただ日本人が観ると、仏教スピリットを感じずにはいられない。

また、米国人にもそう映るようにも思える。

文句なしに、史上最高の映画だと思う。

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