須磨寺④~須磨琴と青葉の笛~

須磨寺由来の楽器といえば、一弦琴の「須磨琴」と小枝の笛、通称「青葉の笛」じゃろうな。実はどちらも、とても悲しい物語にまつわる琴と笛なのじゃよ…。

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 美しくも悲しい物語を奏でる須磨琴

まず、この「須磨琴」の物語は平安時代にさかのぼる。古今集や源氏物語、謡曲の「松風」、御伽草子の「松風村雨」にも書かれておるが、中納言在原行平(在原業平の兄)が罪をおかし、遠方に流された場所が、当時の須磨であったことに由来しておるのじゃ。

彼は須磨の浜に打寄せられた、舟に使われていたらしい小さな板を拾い上げ、そこに、自身が被っていた冠の緒を張り、岸辺の葦を指にはめて音を奏でたと伝えられる。自分の寂しい境遇を慰めようとしたようじゃな。

ここから、一絃琴はこの在原行平が須磨に流された時代に作られたことが起源のようじゃ。そう思えば、とても悲哀を感じる音色じゃのう…。現在でも、国の無形文化財に指定され、見事にその貴重な音色が伝承されているのじゃ。

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  須磨琴の伝承が書かれている

では次に、青葉の笛の物語じゃ。これは、平家物語で最も悲しく、また有名な熊谷直実と平敦盛、二人の一騎打ちのシーンに出てくるアイテムじゃ。源平合戦で有名な一の谷の合戦において、源氏の荒武者であった熊谷直実は、わずか16歳の美しき若武者であった平敦盛を一騎打ちの末に須磨の浜辺で組みうちし、遂には直実が勝った。いざ首を取ろうと相手の顔を見た時に、あまりに若く美しいことに驚き、 直実は 首を打つのをためらったという。

しかし、味方の兵士が背後に近付いくのを察したため、涙をのみ、意を決し、その若武者の首をはねたのじゃ。そしてその時に初めて、彼は、この若き若武者の腰の笛に気づいたのじゃよ。

ちょうどその戦の始まる朝に、陣中で聞こえた美しい笛の音色が、まさしくこの若武者のものであったことを、瞬時に感じとったのじゃろうな。大きな後悔が彼を襲う。しかし、これが戦というものじゃ。どれほど美辞麗句で飾ろうとも、その美を平気で踏みにじる、悲しい所業なのじゃよ。

pic 05 sumadera 18 aoba 青葉の笛の歌碑

この後に直実は、殺し合わねばならない戦の世に大きな無常を感じ、出家を決意することになる。このときの笛が、小枝の笛と呼ばれる、通称、「青葉の笛」のことじゃのう。

このシーンは、源平にまつわる物語が伝える最も美しく、そして何よりも哀しく、儚さを感じさせる有名なシーンじゃろうな。涙なしでは語れぬこの物語を、盲目の琵琶法師が絶妙の調べと語りとで後世に伝えることになる。みなさんご存知の、「祇園精舎の…」で始まる「平家物語」じゃのう。まさに「諸行無常の響きあり」。根底に流れる強い寂莫は、私(釈迦如来)から発した仏教文化の特徴でもある。

この青葉の笛も、須磨寺の境内にある宝物館に、それはそれは大切に保管されているようじゃ。皆様もぜひわしと結縁された後に、散策してくだされ。

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 歌碑を少し離れて
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