讃岐紀行㊦~空海好きにはたまらん~(2018年8月・香川・海岸寺)

何も足さない。何も引かない。
 
2000年より前にそんな渋いキャッチコピーのウイスキーのCMがあった。
 
寺になんの関係があるのかって。
大ありよ。金倉寺からスーツケースをガラガラ引きながら向かったお寺の名前よ。
 
海岸寺である。
 
なんとも潔いではないか!
海岸にあるから海岸寺。
その名の通り、境内の裏手には絶景の海岸が広がるんだから、名前に偽りはない。
 
出会いは偶然であった。
香川県で宿を探していると、寺キチの茶目っ気が頭をもたげ、
『宿坊に泊まってみようか』という企みが浮かんだ。
へぇ~。
ネットを探っていると、お遍路の島よろしく様々な宿泊所が用意されている。
ただ、経路の途上でと探していると、海岸寺にぶち当たった。
 
HPには「宿坊」とあった。
ならばと、頼もう! すると、電話口では…。
 
「副住職とお話しして、大丈夫ならいいですよ」
 
常時営業はしていないらしい。
しかし、参拝への熱い思い(必要なかったかも知れないが)を丁重に伝えると、
 
「大丈夫ですよ」
 
あっさり了解していただいた。
 
ご厚意はありがたかった。
しかし、道中は失礼なことを考えていた。
通常営業していないということは、設備がボロかったり、ひどいところなんだろうなぁ。
でも、無理矢理頼んだのだから、そこはこちらの責任やろな…。
 
足取り重く、ゴロゴロを引きづり、無人駅に。その名も「海岸寺」である。
真っ直ぐに田舎道を進むと、民宿といったコンクリート造りの建物が目に入った。
 
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外観は可もなく不可もなく…。
これが宿坊なんだろか?
 
うず高く積まれた書類からはい出てきた寺守さんから、説明と鍵を受け取る。
ますます気が重くなり、部屋への階段を上がった。
 
だが…。
 
予想に反して、むちゃくちゃキレイであった!
簡単に言えば、新入社員の社宅のような清潔さ。
もちろんクーラーもある。
立て替えしてすぐのような新しさであった。
異国情緒あふれる中国風の仏像だけが、場違いに思えたが、ほかはなんの不満もないやん!
 
そんな行き届いた部屋が4つほど。すべて10人ぐらいはゆうに宿泊できる。
スポーツの合宿などで利用されているのは合点がいく。
 
不安が去ったからには、意気揚々と寺参りである。
 
ここで海岸寺の簡単な説明。
しつこく話したように、寺は瀬戸内海に面している。
裏手はすぐ穏やかな海岸で、地元の方が犬を連れたりと、散歩にいそしんでいる。
後述するが、空海ゆかりのお寺である。
ただし、いわゆる八十八カ所札所ではない。
戦後にできた四国別格二十霊場の18番目の札所とある。
真言宗醍醐派となっている。
 
まずは仁王門をみていただきたい。
これだけでも価値がある。
 
じゃ~ん!
 
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普通の門だと。
穴があくほど2対の像を見なはれ。
一般的な仁王さんでなく、力士なのである。
 
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ウィキペディアによれば、日本唯一という。
でもなんで?
そこには健気なストーリーがある。
 
仁王門を建てようということになったのだが、いかんせん費用が捻出できない。
さあどうすると知恵を絞った。
 
「そうや! 地元の人気力士の像をつくる計画があっただろう。それを仁王門の像にしたらどないだろう?」
 
まさに一挙両得、一石二鳥!(力士にとってはどうだかわからないが…)
どうにか地元後援会らを説き伏せたのであろう。
まんまと2人の力士が仁王門に収まった。
 
詳しくなくて恐縮なのだが、
名大関として名をはせた琴ヶ濱(貞雄)と、1960年夏場所で優勝したこともある大豪(久照)の像だという。
唯一とか言うけど、これって意外にハマッてない? 全然ありですよ、コレ!
窮すれば通ずとかいうことはまさにこのことである。
 
深い感動をかみしめ、喫茶店に向かった。
 
はぁ、喫茶店?
海岸寺をなめてかかってはいけない。
この喫茶店は宿坊のライフラインなのである。
海岸寺の周りを歩けばすぐ合点する。周囲に食事どころなるものがないのだ。
もちろん、スーパーもコンビニもない。
つまり、食事をするとなると、寺から1分の喫茶店に頼るしかないのだ。
 
6時ぐらいに、フェイドアウト的な閉店となるようなので、「5時ぐらいに」と店の方に告げていた。
だがもう少し早い方が、店の方にもよかろうと、4時過ぎにドアを開けた。
 
レトロ感ある喫茶店では、妙齢のご婦人が食事を整えてくれた。
 
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喫茶店と侮るなかれ。
本格手料理である。
今年は猛暑で野菜は高いと聞いていたが、
「田舎ではタダみたいなもん。とうちゃんの手作りやで」
と美味なるナスのおひたしがてんこ盛り。
 
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腹一杯でコーヒーまでいただいて、たった750円。
おそらくコーヒーがなければ、500円。
もう、おせったいのレベルやわ。
 
昔はさぞキレイだったかと思わせるご婦人が面白い。
八十八カ所札所でもない田舎の寺に来る人間は珍しい、いや違うか、怪しいのだろう。
それはごもっとも。
 
「お寺が好きなんです」と軽く自己紹介すると、単刀直入の質問にたじろいだ。
 
「なんか悪いことやったん?」
 
悪気がないだけに、腹の底から笑えた。
悪いことをしていないとはいえないが、それでお寺が好きになったわけでもない。
それにしても、
「悪いことする」→「お寺巡りで懺悔する」
という思考回路が生きていることが興味深かった。
四国ではやんちゃした人間に「お寺でも回っとけ」とか言っていたのかもしれない。
関西では「橋の下に捨てるぞ」だが…。
 
腹ごしらえを終え、再びお寺へ。
というのも、法事を終えた副住職が戻り、「案内しましょうか?」と申し出てくれたのである。
 
この寺はネタに事欠かない。
 
「撮り鉄には結構知られている寺なんですよ」
 
なに、鉄道?
海岸寺というJRの駅があることは前に述べた。
さらにいうと、このお寺は線路により、お寺が2分割されているのである。
いい方を変えれば、寺の中を鉄道が通っている。
 
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「寺を走る路線として、毎年撮り鉄の方が『また行きます』って連絡があるんです」
 
なるほど、ジャブとしての話としては興味深い。
だが、それだけでは寺好きの胃は満たされない。すると…。
 
「大師堂に行きましょう」
 
踏切を渡り、もう一つの門をくぐり、いざ大師堂へ。
 
「入ってください」
 
言われるままに、お堂の奥に進むと空海さんがあった。
これは四国では珍しくないであろうが、そのフォルムである。
赤ちゃん像なのである。
こんなお姿は今まで拝んだことがない!
 
「脇も見てください」
 
男女の像が1対。
 
「お母さんとお父さんの像です。3対そろっているのは、全国でも珍しいと思います」
 
そりゃそうでしょ!
聖徳太子さんも赤子の像なるものがあったが、父母がそろった家族三尊像なんて前代未聞であろう。
2人しかいない空間で、驚きのあまり硬直してしまった。
だが、副住職の容赦ない攻撃は続く。
 
「こちらはたらい石でして、空海さんが生まれたときに、産湯で洗われたといわれています」
 
厳かな少し傷んだ朱の箱から、曰くありげな石が出てきた。
確かにくぼんだところは、赤子がすっぽり入る大きさ。
でも、そうであれば、この石は国宝級のもの…。
 
「まだ空海さんゆかりのものがあるんです」
 
え、まだあるんですか!?
取り出したるは、片手で握れるぐらいの円錐系の石。
 
「弘法大師が光明真言を伝えたと言われますが、それを梵字で彫り込んだものがこの石といわれています」
 
オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン
 
という密教の真言である。
それを空海自ら梵字で彫った? それを今手にしている?
もう目がくらくらしてきた。
副住職はひるまない。
柔和なまなざしで「背中を向けてください」とほほえんだ。
 
すると、その〝空海石〟で背中をポンポンと優しく叩きながら、真言を唱えられた。
なんともこころ安らかな時間。
プライスレスとはいままさに、このときである。
 
空海関連のお宝グッズがわんさかあって、しかもそれが触れられる。
 
「失礼な話、もしそれらがほんものなら、重文指定とかなりますよね」
 
「当然そうですけど、うちの先代のこだわりで、空海さんのゆかりの品々を手に取れるようにしようと。
それは信者さんのためでありますから」
 
こりゃ、空海フリークには「たまらん寺」ですぜ。
(稀代のロックンローラー・忌野清志郎の「多摩蘭坂」にちなんで)
 
でもなんでそんな大事なものが、この寺に密集しているのか?
まっとうな理由です。
空海が讃岐出身であることは周知の通り。
この寺が建つ土地は、空海の母・玉依御前の出身地とされている。
なので、すぐのところにこんなところもある。
 
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大師堂への参道には、空海産湯の井戸も残る。
 
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つまりこのお寺は「空海誕生の地」なのである。
 
ちょっと待て!
ある程度の空海通であれば、善通寺が誕生地であることを知っている。
おっしゃる通り。善通寺は言わずと知れた空海生誕地。だから八十八カ所札所の中でも特別の意味を持つ。
ここは父筋の佐伯氏の土地で、善通とは父の名前にちなんでいる。
場所は、海岸寺から車で10分ちょっとのところにある。
 
知名度ではあちらに軍配。
因縁があったという。
ここからは副住職の受け売り。
 
江戸時代に「どっちが本当の誕生の寺やねん!」という争いがあった。
結構大きな問題であったらしく、1815年に善通寺が丸亀藩に訴えるほどの騒ぎになった。
だが、大名でさえもこの問題は手に余った。
助けを求めたのは、2寺の上の格にあたる京都・大覚寺。
空海にいろいろ助力した嵯峨天皇が作った離宮を寺にした名所ある寺院ですな。
 
すったもんだがあったが、結論はやや善通寺の言い分が通った。
善通寺は「御産所」、海岸寺は「御出化初因縁之霊跡」とされた。
ゆえに海岸寺は弘法大師「出化の寺」となった。その額も大師堂にある。
否定はされなかったが、関係があるということに押しとどめられた。
 
だが、副住職はこんな説明も加える。
 
「昔はお産というのは、血を流すとことから、けがれたものとされ、父方から離れたところで行うのが常だったといいます。
ならば、玉依御前はお産のため、自分の実家の近くにこもったのではないでしょうか?
しかも風光明媚な海岸がのぞめるここで空海さんを産み落としたということもない話ではないと思うんです」
 
わたしはこの伝承の尊さを信じる。
 
副住職と海を望める奥の院まで、車で上った。
夕陽が海に沈もうとする頃合い。
この絶景が拝める!
 
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「昔の巡礼というのは、車でなく、海というものも一般的だったので、海伝いにこのお寺を参拝した方も多かったと聞きます」
 
波の穏やかな瀬戸内海の夕陽を拝んでいると、空海が生まれたのはどちらでもいいよ、そんな気持ちになる。
いまは海岸寺もそう考えているからこそ、昔のことを掘り返すでなく、立ち寄った参拝者にそっと語りかけるにとどめる。
 
これぞ大人の対応である!
 
幸せな気分になり、下山しようとすると、「文殊堂も見ていきます」とつぶやいてくれた。
もう、こうなればどこまでもおつきあいさせていただきます!
 
奥の院の中腹に位置する文殊堂は、海岸に着き出した絶妙のベストポジションに建てられている。
 
「文殊さんなので、受験する方の合格祈願のときにここを使わせていただきます」
 
普段は扉を閉じているのだが、副住職のご厚意で扉を開けていただいた。
 
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そこには繊細で清らかな文殊さんがたたずんでおられた。
 
「ここに置かれたわけがあるんです」
 
副住職は正面だけでなく、四方の扉をギギギと開け始めた。
すると、奇跡が目に飛び込んできた。
 
なんと、文殊さんが扉の向こうの海にすっくと立たれている。
海が借景になってる仏像なんて、日本でもここだけではないのか?
これはあの貝殻に立つビーナスのような美の極致!
こりゃ、どんな大学でも合格することであろう!
 
いやぁ、実にこのお寺は面白い。
一日いても飽きない無敵のお寺ゾ!
 
ただそれも副住職の先導があればこそ。
以前訪れた善通寺に劣らないストーリーを内包した「たまらん寺」であった。
 
改めて忙しい中をおつきあいいただいた副住職に、スペシャルサンクスである。
 
それを伝えると、心憎い言葉をかえされるのである。
 
「おせったいですから」
 
四国の風格を忘れない名刹である。
 
 
●海岸寺
  香川県仲多度郡多度津町西白方997-1
  JR予讃線・海岸寺から徒歩2分
  ☎0877-33-3333(宿坊への宿泊は要相談)
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